私に必要だった、余白。
- 8月18日
- 読了時間: 4分
CHIYOのエッセンスに、度々登場する「余白」という言葉。
なぜ私が、この言葉をブランドの軸に置いたのか。
それは私自身、余白を持つことをずっと苦手としてきたからです。
ただでさえスマホを開けば、たくさんの情報が流れ込んでくる今の世の中。
外を歩いていても、広告や音楽、人の声など、目や耳から絶えず何かが入ってきます。
気づけば頭の中はいっぱいで、自分が何を考えているのかさえ分からなくなることがあります。
私自身、もともと“何もしていない時間”が苦手です。
社会人になり、仕事や勉強、自分の役割が増えていくにつれて、何もしない時間はさらに少なくなっていきました。

夢中になるほど、見えなくなっていたもの
強く記憶に残っているのが、名古屋で勤務していた頃のことです。
ジュエリーデザイナーになるための研修で東京に滞在し、睡眠や食事、移動などを除いたほとんどの時間を、絵の練習に使っていた時期がありました。
デザイナーを目指す同期と切磋琢磨しながら、ひたすら描き続ける毎日。
頑張っている時間そのものが刺激的で、楽しくて、私は完全に夢中になっていました。
けれど、研修を終えた直後。
次の出勤時に、私は体調を崩して倒れてしまいました。
夢中になっている間は、自分が無理をしていることにさえ気づいていなかったのだと思います。
デザイナー試験に挑戦していた頃も、似たようなことがありました。
合格したい。
いつも応援してくれている人たちの期待に応えたい。
そんな気持ちが大きくなるほど、いつの間にか「自分はどんなジュエリーをつくりたいのか」「デザインすることの何が好きだったのか」という、自分自身の感覚から離れていきました。
楽しむことよりも、プレッシャーに負けないことに必死になっていた。
振り返ると、あの頃の私はいつも心に余裕がなかったように思います。

私に必要だった「余白」
振り返ってみると私に必要だった「余白」は、何もしない時間そのものではなかったのだと思います。
一度立ち止まり、今、自分は何を感じているのか。
本当は何を大切にしたいのか。
少し距離を置いて、自分自身を見るための小さな「間」。
私にとっての余白です。
そして思い返してみると、私の日常には、その「間」を自然につくってくれるものがありました。
それが、ジュエリーです。
以前ご紹介した、元上司にデザインしていただいた初めてのオーダーリング。
そのリングを見ると、東京で頑張ろうと決めたときの気持ちや、「どんな面でも輝ける自分になろう」と鼓舞していた頃の自分を思い出します。
朝、ジュエリーを身につけるとき。
PC作業をしていて、ふと手元に目がいったとき。
デザイン画を描いているとき。
ほんの一瞬ですが、それまで目の前のことだけに向いていた意識が、自分自身へ戻ってくる。
一拍置いてみたり、コーヒーを淹れて休憩してみたり。
少し距離を置くことで、それまで見えていなかったことに気づけることがあります。
私にとってジュエリーは、いつの間にかそんな「心のリマインダー」になっていました。

ジュエリーが呼び起こすもの
私は人生の節目や記念に、ジュエリーをつくることがあります。
身につけるたび、その頃の出来事だけではなく、当時抱いていた感情まで鮮明に蘇ってくる。
不思議なのですが、それはスマホに残った昔の写真を見返す感覚とは少し違います。
ジュエリーは、思い出としてしまっておくものではなく、今の自分が身につけるもの。
過去の時間を思い出しながら、それを身につけている「今の自分」にも意識が向く。
「あの頃は、こんなことを考えていたな」
「ここまでこんな時間を重ねてきたんだな」
「今の私は、どうだろう」
そんなふうに、過去を懐かしむだけではなく、今の自分へ立ち返るきっかけをくれるのです。

だから、CHIYOに「余白」を。
忙しい日常の中で、ずっと自分自身と向き合い続けることは難しいと思います。
だからこそ、自分に立ち返るきっかけを、日常の中に持っていたい。
ふと手元に目を落としたとき、一拍置いて、少し呼吸が深くなる。
これまでの自分を思い出したり、今の自分の気持ちに気づいたり、また今日を進む力をもらったり。
私自身がジュエリーからもらってきたそんな時間を、今度はCHIYOというかたちでつくりたいと思いました。
自分を飾るためだけではなく、自分を大切にするために身につけるジュエリーを。
CHIYOがつくりたい「余白」は、何もない空間ではありません。
忙しい日常からほんの一瞬だけ距離を置き、自分の内側に耳を澄ますための「間」。
そしてその小さな「間」が、自分自身を少し丁寧に扱うことにつながっていく。
それが、CHIYOのテーマに「余白」を置いた理由です。

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